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歴史

1803年にアメリカは当時のフランスの統治者であるナポレオンから、ルイジアナ植民地を購入しましたが、その際にルイジアナの一部としてフランスに支配されていた現在の"コロラド州"の"東の部分"も購入しています。

何千年もの間、この地はネイティブアメリカン(:アメリカインディアン)の多くの部族の居住地でしたが、1706年には北アメリカの植民地化のために開拓民を送っていたスペインに完全征服されてスペイン領となり18世紀初めまでこの地はスペインが支配していました。

それが、1801年にはフランスに譲渡され、さらに2年後にはアメリカに売却されたのでした。

また"西の部分"はメキシコの領土でしたが、1846年にメキシコとの間に勃発した"米墨戦争"の勝利によって、1848年にはこの地域も正式にアメリカの支配下に置かれるようになりました。

それから10年後の1858年になると、現在の州都デンバーを流れるチェリークリーク川とブラットリバーが合流する地点で砂金が見つかったことがきっかけとなって各地から一攫千金を狙う人たちがどっと押し寄せる、いわゆる"ゴールドラッシュ"が始まりました。

けれども"ゴールドラッシュ"という言葉からは想像がつかないほど金鉱発掘の現実は厳しいもので、
飢えと寒さの待ち受ける過酷な山岳部へ次々と入って行く人々の中には、金脈を見つけて何億ドルもの富を手に入れることができた人々もいましたが一方で命を失う人もいたように、夢に向かって突進するかれらの運命は大きく二つに分かれて行きました。

1861年にはコロラド自治領がアメリカ合衆国の領土に加えられましたが、ネイティブアメリカンとの間で2年間にわたる武装闘争が繰り広げられることになります。

そして後に"コロラド戦争"と名づけられたこの戦いに敗れた4部族は、コロラドから現在のオクラホマ州に強制移住させられ、1876年にはアメリカ合衆国38番目の州である"コロラド州"が誕生しました。

さらに後の1893年には合衆国で始めての女性参政権がこの地で承認されました。

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